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放射線治療の歴史|癌治療に使われたのはいつから?

放射線治療は、手術、抗がん剤治療とともにがんの3大治療法の1つです。

がん細胞が増えないように遺伝子を操作して、がんを消滅させたり小さくする治療法です。

どのようにして放射線治療が始まり、どのように癌治療に使われてきたのか、その歴史や課題、そして現代の放射線治療まで詳しく解説します。

1895年、レントゲン博士がX線を発見

X線の歴史はドイツのヴュルツブルグ大学の物理学教授で学長を務めていたレントゲン博士によって、1895年に発見されところから始まります。

レントゲン博士が陰極線管を黒いボール紙で覆って糊付けし、管内の蛍光が外に漏れないようにして陰極線を発生させていいたときのことでした。

カーテンを閉めきり真っ暗だった室内でテーブルの上に置いてある蛍光版が光りはじめ、しかも陰極線管から遠ざけても蛍光版が光っていることを発見しました。

陰極線とは違う、未知の線が蛍光版を光らせていたのです。

人の骨や鉛は透けずに影が写り、紙や木は透けるこの放射線は未知なる放射線という意味のX線と名付けられました。

レントゲン博士はX線の研究を続け、ヴュルツブルグ物理医学会にこのX線についての論文を提出しています。

論文は学会の会報だけではなく「Nature」 誌や「Science」誌に次々と掲載され、世界中の専門家から注目を浴びました。

レントゲン博士自身もX線の論文が掲載された冊子を有名な学者たちに発送し、その存在を広めています。

そしてウィーンやロンドン、アメリカの新聞もX線の発見を報じたことにより、瞬く間に世界一般にもX線は広まり、手のX線写真の記念撮影が流行、そのための写真館までできるほどの人気を博しました。

レントゲン博士は1901年、第1回ノーベル物理学賞を受賞しています。

X線は当初人体に何も影響はないと考えられていましたが、1904年になると健康への影響が懸念されるようになりました。

レントゲン博士自身の体も、皮膚癌ができたり髪の毛が抜けたりといったX線による影響が出ています。

X線をよく使用していたトーマスエジソンの助手、クラレンス・ダリ―もその影響か皮膚癌で亡くなっています。

当初はX線を使うと皮膚に火傷を負うことが多く、これは初期の装置が大量のX線を照射することが原因でもありました。

しかし、細胞障害が起きるのと同時にこの性質が腫瘍細胞をなくすこともできるということに気付いた研究者により、X線を使った癌の治療がスタートします。

レントゲン博士がまだ生きていた時代においてもX線でホクロを焼く医師がいたぐらい、X線は早くから治療に用いられるようになりました。

また、レントゲン写真は結核菌が肺に作り出す影を撮影することができたので、抗生物質が存在しなかった時代での結核の診断に大きく貢献しました。

軍や炭鉱などでもレントゲン写真は導入されX線は医療に貢献し始めます。

日本にこのX線を伝えたのはベルリンに留学していた長岡半太郎です。

X線が骨折や弾丸といった体内の診断に使われるようになると、1898年にはドイツ製のレントゲン装置が東京帝国大学医科大学と陸軍軍医学校に設置されました。

その後国産のレントゲン装置が1901年に千葉の病院に設置されるなど、すぐに国内でも使用が広まりました。

 

1896年、乳がんのX選治療が行われる

乳がんについては表面に現れる癌であるということもあり、比較的早く治療にX線が用いられてきました。

X線が発見されてから1か月後の1896年1月には患者の治療が開始されていたほどです。

乳がん治療の報告がされたのは1897年のことです。

1902年当時、皮膚がんへのX線治療は成功が見られ始めていたものの、乳がんに対しては痛みの軽減程度しか報告されていませんでした。

1905年になっても36例中1例しか腫瘍が消えたという報告しかなかったこともあり、X線での乳がん治療は望めないとされていました。

乳がんの治療は1888年に根治手術法が発表されて以来、手術による治療が行われていました。

X線はこの手術ができないタイプの乳がんや再発した場合に用いられていましたが、当時はあくまで痛みの軽減のために使われていました。

延命治療がX線で可能とされたのは、1910年代に入ってからのことです。

しかし、1度に大量の放射線を照射したり、1カ月ごとに10回程度照射したりするなど照射の方法はまだ確立されておらず、だいたいこうしたら効くのではないかという推測のもと照射が行われる程度でした。

乳がんはこのように初期のX線治療ではあまり効果が得られるものではありませんでしたが、皮膚がんについては早くからX線での治療が成功しています。

実際、1899年にはスウェーデンで高齢の女性の鼻にできた腫瘍がX線治療で完治したという報告があります。

また、アメリカでも同時期に中年男性の頬にできた悪性腫瘍にX線治療を施したところ完治、再発も起こりませんでした。

皮膚がんは1910年なると既に手術に代わる治療としてX線が選ばれるようになり、手術とX線治療のどちらがいいのか討論されるまでに至っています。

皮膚がんの治療も最初は「基底細胞がん」というタイプのみ効果を発揮していましたが、出力の安定したX線の使用によりそれまで難しかった「扁平上皮膚がん」の治療も軌道に乗り始めました。

ラジウム放射線の実験が行われるようになったのは1900年のことです。

ラジウムを皮膚に添付すると色素沈着が起きるといった現象を実験するところから始まりました。

1901年になると皮膚疾患の治療に使えるのではないかと考えられ、臨床実験をしています。

その後X線で効果のあった皮膚がんなどにラジウムによる治療が試みられています。

ラジウム治療が応用され始めたのは1904年ごろからであり、湿疹やイボ、乳がんなどの治療が試みられています。

しかし、このころのラジウムは接触部分に火傷を伴う状態で確固たる治療としては用いられるようなものではありませんでした。

ラジウムを使用した本格的な治療法が動き出したのは1906年です。

フランスのパリに専門の研究チームが作られ、1907年にはラジウムによる火傷をなくした治療法である「超透過性放射線治療」が完成しました。

 

1950年代、コバルト60が使われ始める

コバルト60は金属元素であり人工放射性核種になります。

がんの放射線治療の他、工業用測定器や食品の殺菌、植物の品種改良など今日では幅広く応用されている放射線です。

核反応炉で開発され放射線源として利用されて以来、ラジウムよりもコストがかからない放射線として広まるようになりました。

1950年代にはコバルト60遠隔照射装置が開発され、皮膚にあまり副作用をもたらさずより深いところにある癌の治療に当たることができるようになっています。

日本にも1951年に「60Co大量照射器設計小委員会」が設けられており、1953年になるとコバルト60を用いた遠隔照射装置が輸入されています。

東京をはじめとする国内7カ所に装置が設置され治療が開始、その後改良を重ねられました。

当時はスタンド型の装置であり、患者が寝た状態で治療ができる回転形の照射期は1954年に試作が作られています。

その3年後の1957年には回転照射による治療が始まりました。

本格的にコバルト60照射装置が普及し始めたのは1960年代です。

現在では「リニアック」と呼ばれる、もっと透過性の強い放射線を発生させることが可能な装置が使用されるようになり、コバルト60を用いた放射線治療装置の使用は減少してきました。

1968年にはカロリンスカ大学脳神経外科のレクセル教授によりガンマナイフが発明され、コバルト60のエネルギー源として利用されました。

このガンマナイフの利点は非常に誤差を少なくして照射できるという点です。

正常な組織に影響を与えることなく治療することができます。

脳だと深い位置にある癌は摘出しづらいですが、ガンマナイフであれば頭を開くことなく癌の治療が可能です。

「定位放射線治療」という方法は多方面から照射を行うことで線量を患部に集中させることができるというものであり、ガンマナイフやリニアックナイフなどがこれに当たります。

手術での治療が困難なタイプの癌治療によく用いられ、この方法により高齢者でも難しいタイプの癌治療が可能になりました。

定位放射線治療は痛みといった苦痛があまりないうえ身体の被ばく線量も低く、治療後も皮膚炎や脱毛を起こしにくいという方法です。

治療が短期間になり、入院期間も短くて済みます。

ただし、定位放射線治療は治療の効果が得られるまでに時間がかかるというデメリットも存在します。

また、大きな腫瘍や多発する腫瘍にはあまり向かないとされ、3~4㎝ぐらいの大きさの腫瘍に適している方法です。

主に脳腫瘍の治療に用いられてきましたが、頭部定位放射線治療のほか「体幹部定位放射線治療」も現在では確立されています。

体幹部定位放射線治療の対象は主に原発性肺がん、転移性肺腫瘍、肝腫瘍などですが、リンパ節転移を伴う癌には用いられずやはり比較的小さな腫瘍に使用は限られています。

 

1960年代以降、進化を続ける放射線治療

話を戻しますと1960年代以降はさらに放射線治療が進化を遂げ、ガンマナイフのほかに「陽子線治療」もこの年代から開始されることとなります。

陽子線治療は粒子線治療の元祖であり、ハーバード大学サイクロトロン研究所と米マサチューセッツ総合病院の協力研究のもと治療が始められました。

既に1946年には陽子線治療の提唱がされていましたが、まだ粒子線を作り出すための装置や癌の位置特定をするための技術が足りなかったため、それまで実用化されることはありませんでした。

1973年になるとコンピューターによる撮影を可能とするX線CTが登場することで癌の形や位置が診断できるようになり、陽子線治療の普及に大いに貢献しています。

1990年になると定位放射線治療と共に3次原体放射線治療が行われるようになります。

これは腫瘍に照射する際に3次元方向から集中的に行うと方法でいう方法です。

多方向からの照射するこの方法はその後広く使われる放射線治療となります。

しかし、この方法でもまだ正常な組織への影響が危惧されており、その問題をクリアするべく2000年には「強度変調X線治療」が始まります。

強度変調X線治療は放射線の強さを調節することにより照射対象である癌の部分には強く照射、その周囲は弱く照射することが可能とする方法です。

これにより正常な組織への負荷を減らせるうえ、腫瘍部分の中においても照射する線量を変えて治療することができるようになります。

必要な部分に集中して強い放射を当てることで、副作用も最小限で済むようになりました。

さらにこの強度変調X治療は進化を続け、治療時間をより短くできる「強度変調回転照射装置」が登場しています。

前立腺がんの場合、従来は15分~20分かかったところわずか1分半で済むというスピードにまで進化を遂げました。

このころ新たに普及し始めたX線治療として見逃せないのが「画像誘導X線治療」です。

文字通り画像情報をもとに治療を行う方法になります。

治療中に患部の位置を確認しながら行うことで照射の誤差をなくし、正確に治療を行うことができる方法です。

CT装置や超音波装置を用いることが前提なので、これらの装置の進歩も癌の放射線治療の進歩に大きく関係していると言えます。

対象部位に対してより的確に照射できる放射線治療は「高精度放射線治療」と呼ばれており、今日の放射線最先端治療の基礎となっています。

腫瘍部を確実にとらえて正確に照射する技術が発展したことにより、副作用を最小限に抑え、かつ効率よく癌の治療をすることができるようになりました。

正常な組織と隣接している小さな腫瘍も的確に狙い撃ちすることができるのも、この高精度放射線治療が進歩しているおかげです。

 

現代の放射線治療

現代で最先端と言われる高精度放射線治療は「4次元放射線治療」になります。

4次元放射線治療として使われる装置としては動体追跡照射装置があり、腫瘍の移動や回転、変形まで計測しながら行うことが可能です。

なぜそこまで計測しなければいけないかというと、呼吸や心臓、腸の動きなどにより腫瘍も動いてしまうので、より正確な放射線治療を行うにはこれらの動きも考慮して照射する必要があるからです。

動体追跡放射線治療によって腫瘍がどんなに動いたとしても特定の位置にきたときだけ照射することで、照射範囲を腫瘍周辺に確実に絞ることができます。

動体追跡放射線治療は国内で2000年に高度先進医療として国から認められています。

例えば6cm以内の肺癌や肝癌だと入院は1週間以内で済み、後は通院での治療で済むほど癌治療の負担を減らすことになります。

4次元放射線治療は進化を続け、陽子線治療にも用いられるようになっています。

上述のとおり1960年から治療が開始され始めた陽子線治療は、従来は光子線だったのを陽子核に変えて治療するという方法です。

陽子線治療はより腫瘍のみに放射線の量を集中させることのできる放射線治療になります。

この陽子線治療の特性を最大に生かすためには、正確に対象部位へ照射しなければなりません。

その治療計画を立てるためにも4次元CTである4DCTを用いて検査が必要となります。

4次元陽子線治療は呼吸の動きも把握して行うので、胸部や腹部にセンサーをつけてモニタリングし、連続したCT画像とリンクさせて治療することになります。

陽子線治療と共に最新の癌治療として研究が進んでいるのが、重粒子線治療である「炭素線治療」です。

重粒子である炭素イオンを加速させて照射することで、身体の奥深くにある癌にも対応できる治療法です。

標的対象である癌に強いエネルギーを当てることが可能で、体内の奥深くになるほど影響力が下がってしまう従来のX線治療のデメリットをカバーしています。

重粒子線治療も癌の形や位置に合わせて照射を調節できるので、他の器官への影響を最小限に抑えて治療することができます。

陽子線と重粒子線の違いは重さであり、殺傷能力が違います。

陽子線の場合はX線やガンマ線と殺傷効果が同じですが、重粒子線はその2~3倍の効果があるため少ない照射回数で治療が済む方法です。

動体追跡放射線治療をさらに進化させた「分子追跡放射線治療」は2010年に始まっています。

その世界初の装置が日本の北海道大学病院に設けられました。

これは動体追跡照射技術とスポットスキャニング技術を組み合わせた装置です。

スポットスキャニング技術は腫瘍の形に合わせて陽子線ビームを集中的に照射できる技術になります。

大型の癌にも対応できるうえ副作用も大きく軽減されるということで、世界的にも注目されています。

 

まとめ

どのようにして放射線治療が始まり、どのように癌治療に使われてきたのか、その歴史や課題、そして現代の放射線治療についてもご紹介しました。

長い歴史からみれば、短い期間のうちに格段の進化を遂げ、現在もその治療精度を高め副作用を減らしつつ進化を続けています。

今後の癌治療への貢献がますます期待され注目されています。

 

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ライター紹介 ライター一覧

木村 哲也

木村 哲也

株式会社イコールヒューマン代表取締役。生活習慣病の権威者である崇高クリニックの荒木裕院長と提携し、主に生活習慣病に関わる様々な情報を広く分かり易く提供中。

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